2013年1月9日水曜日
意図してクオリティを下げるということ
海外系の仕事をさせてもらう様になってしばらく経つが、
意図してクオリティを下げるということへの挑戦が重要と感じている。
なんだかんだいって、日本人の仕事は総じてクオリティが高い。
ー品質は高く、トラブルも少ない
ー資料も読みやすいし、構造化されて情報が漏れなく提供される
ー真面目で曖昧な要求にもしっかり対応しようと努める
クオリティが高いということは、同じアウトプットを、いつでも誰でもどんなプロジェクトでも出せる、ということ。
これは大きな強みだし、信頼性が高いから、日本顧客の高いニーズにも応えられる。
だが、それだけではやっていけない。
何故やっていけないかというのはシンプルで、国内だけがマーケットではないからだ。
海外に出て行った瞬間、広い世界に適合していかなければならない。
となると国内マーケットの振れ幅とは桁違いの幅に対応しなければならない。
課題は主に二つ。
・同品質では価格が高い
・同品質ではオーバースペック
品質を下げることは難しくなさそうなのだが、
生活水準を下げることが難しい様に、一度慣れてしまうと下げることは怖く感じる。
よって品質を下げるためには非常に大きな勇気がいる。
メーカーなら商品ラインアップを増やすだろう。
でもサービスはまた違う。人を目の前にして下げるということは、一層不安になる。
それに一人が落としても意味がなく、全体として落とす必要がある。
これを実現するためにはリーダーの勇気と小さな成功体験を共有してくことが重要だ。
加えて、落とし方も重要だ。結局動かなくては意味がない。
動くけどたまにバグる。バグってもバグり方が気にならない程度ならば、問題ない。
この問題ない範囲で手を抜く必要がある。
現地とコミュニケーションを取りながら当然取組むのだが、
彼らは自分達の標準で開発をするため、クオリティを落としているつもりはない。
ここに見えない溝があり、これを模索するのが難しい。
結構密にコミュニケーションを取りながらではないと溝を発見できず、
不安に追われてオーバースペック、オーバークオリティに創りあげてしまう。
結局コミュニケーションをどれだけ取れるかが重要になる。
だからグローバルプロジェクトには強いリーダーとハブとなるコーディネーター/ファシリが必要。
特に後者は認知がすごい低いと思う。
もっとコーディネーターの導入によるコミュニケーション複雑性の削減重要性を訴えていかないと。
あ〜久しぶりにブログ書いた。
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